幼卒

教◎卒論を書いたので置いておきます.

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序論

 SNS(Social Networking Service) は,手軽に情報発信ができるツールである.2000 年代終わり頃に現れ,急速に全世界的な広まりを見せた.急速な広まりはそれ以前には考えられなかった事件が起きやすい.SNSもその例に漏れず,2010 年代には SNS を端緒とした事件が多く起きた.例えばバイトテロ [1] も SNS を端緒とした事件である.根底には承認欲求があるのだろうが,それを如何に抑制し適切に昇華するかが人間の理性であり道徳である.
 道徳といえば,義務教育には道徳の授業がある.そこでは「道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする。」[2] の目標の元,自分自身,相手,第三者及び社会,無生物に対する態度を養う.義務教育をうけていれば,SNS ともうまく付き合えそうである.しかし現実にはうまくいっていない.
 制御工学にはフィードバック制御という制御方法がある.入力と出力のある系で,その差を加味して制御量を決める方式 [3] である.加味しない方式のフィードフォワード制御に比べて目標値への追従が良いという性質がある.さて,人間は経験や知見をもとに自身の考え,すなわち道徳を改めるフィードバック制御系であるとみなせる.経験や知見を自身の行動変容の糧にするには当事者意識が肝要である.これが適切に機能していれば先述のような事件は起きなさそうである.しかし現実にはうまくいっていない.
 この文章を通じて,インターネット上の事件は自身の道徳のたゆまぬ更新によって減らすことができることについて論じる.本章を第 1 章とし,第 2 章では情報倫理,情報モラルについて定義をする.第 3 章では義務教育の道徳の授業で情報倫理教育がどのような方針でどのように行われているかを述べる.第 4 章では,子供が巻き込まれたインターネット上の事件を取り上げる.第 5 章では大人が巻き込まれたインターネット上の
事件を取り上げる.第 5 章では大人が受けられる情報倫理教育について述べる.第 7 章ではこれまで論じてきたことを踏まえて現代人に求められるメディアとの向き合い方について述べる.第 8 章では本論文の総括を行う.
 この文章では子供と大人をわけて論じていく.ここでは,子供と大人の境目を生活面での指導ができる教員が近くにいる環境にあるかないかの観点で区分するため,高校生・高専生以下と大学生以上と分けることにする.

情報倫理の定義

 情報倫理とは情報分野の倫理のことである.まずは対比のため法について述べる.
法とは「社会秩序維持のための規範」[4] である.法には公法と私法が分かれている.公法は国家権力の行使に関するルールであり,憲法や刑法が属する [4].一方私法は権力関係にない対等な当事者間のルールであり,民法や商法が属する [4].法を考えるときには公法の様な権力の行使に際のルールのことを考えてしまう. しかしここでは,私法のような対等なもの同士のルールのことも含めて考えたい.特にここでは私法のようなものを考えたい.情報倫理の文脈ではユーザー同士のいさかいが問題になることが多いためだ.対等な関係においてもルールが定められていることを確認したい.すなわち,法は道徳とは違って個人の外側から考えの道標となるものであると考えられる.
 倫理とは,「人倫のみち,実際道徳の規範となる原理,道徳.」[5] とある.また道徳とは,「人の踏み行うべき道.ある社会で,その成員の社会に対する,あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として,一般に承認されている規範の総体.法律の様な外面的強制力を伴うものではなく,個人の内面的な原理.」[5] とある.具体的には,人の長蛇の列に加わるとき,例えそのような規則が無かったとしても割り込もうとせず後ろから並ぶのは,自分に内在する倫理に従って行動することに当たる.すなわち,倫理とは個人の内側から考えの道標となるものであると考えられる.
 従って情報倫理が指すのは情報通信技術の恩恵にあずかる際の,自分の内側から生まれる自分を律する考えであると言える.

生徒の情報倫理教育

教育現場ではこの情報倫理を道徳の授業や技術科の授業で教えている.情報倫理を教える段では特に気をつけなければならないのが,情報倫理は倫理であって法でないこと,すなわち,教育で教えることは生徒各自で律せるような思考の土台であって,律し方や法ではない.まずは文部科学省の資料である学習指導要領 [6] から同省の方針を述べる.
 情報モラル教育の情報モラルを「情報社会で適正な活動を行うための元となる考え方や態度」と定めている(第 5 章第 1 節).教育の目的は「情報社会における正しい判断や望ましい態度を育てること」と「情報社会で安全に生活するための危険回避の理解やセキュリティの知識・技能、健康への意識」の養成である.これを学年ごとに,教科も分割して教育している.また教育目的のうち前者は,日常的なモラル指導の延長線上のものでもあるとしている.従って,情報倫理教育は倫理であることを念頭に置かれていると考えられる.
 各教科では情報通信技術にも用いられる,普遍的なリテラシを指導している.例えば,国語では伝わる日本語の書き方や受け取り方,社会科では資料の集め方などである.一方で情報通信特有の指導は道徳と中学では技術科が担っている.技術科では情報発信とその責任,道徳では情報受発信におけるすれ違いなどを扱っている.いずれの教科にも,より具体的に扱いやすくするため,実際に情報通信技術を用いた体験をするといいといった事項が書かれている.
 情報技術の発展は目を見張るものがあり,数年のうちに主流となるものが目まぐるしく交替していく.SNSを例に挙げると,2004 年に誕生した mixi はやがて 2006 年に誕生した Twitter にとってかわられ,震災を経て 2011 年には LINE が台頭し,のちに Instagram に変わっていった.それぞれの SNS で発生しやすい事件は異なっている.さらに同じプラットフォームでも起こる事件やその手口は刻一刻と変化をしている.しかしながら教科書の改訂は 4 年であるので,教科書に載っている情報は後追いになる.それに対応するべく,文科省は外部委託して動画教材を制作し,YouTube に公開している.この動画は導入編と解説編に分かれている.導入編では問題提起として使い方を誤り,事件や問題が起こる様子をドラマ形式で示している.その後解説編では解決例や方針の提示をしてまとめている.この動画を用いることで日本どこでも同じレベルでのケーススタディを行うことができる.

 さらに授業事例についてみていく.先ほどの YouTube と同じく文科省が外部委託している事業の資料 [7]が有用である.ここには指導例がある.指導例には授業時間を数分割し,それぞれ動画の章ごとに視聴して考察をし,共有する時間を設けている.ここでこの資料で度々見かける文言に「A しないのではなく,どう活用すればよいのか」といったところだ.一般に学校の指導,特に生活の規則に関する部分の指導はしないように
してしまうことが多い.例えば逗葉高等学校 [8] では「カード類(トランプ・ UNO )及び麻雀等ギャンブル性を有する遊具類の校内持ち込みは禁止する。」といった校則がけられている.学校が遊びの場ではないと言ったらそれまでだが,これでは付き合い方に関する指導をほぼしないという宣言のようにも取れる.ギャンブルは娯楽であるので,一切禁止しても人生を送れるには送れるものの,SNS検索エンジンの使い方はこれからの社会で付き合わずに生きていくのは非常に困難なことである.また活用法について考えられるため,注意すべき点や使い方について意見交流などで深めることができる.
 以上を鑑みると教育現場ではメディアの特長を生かして状況に応じて多様な話題を扱いながら指導していることがわかる.

子供とネット上の事件

この教育を受けても,依然としてネットが舞台となる事件は多い.
 「インターネット トラブル事例集」[9] は総務省がまとめているインターネット上で起こったトラブルの事例である.この事例集を見ると,インターネット上で起こる事件は大きく二つに分けられると考える.その二つとは子供自身の倫理感が不足しているた
めに起こる事件と技術面の知識不足によって起こる事件である.
 まず前者について考える.例えば「悪ふざけなどの不適切な投稿」は先の [1] でも触れたようなバイトテロにつながったり,営業中の線路に入った写真を撮るなどといったことにつながっている.非公開アカウントだからといったり,数時間で消去可能だからといって軽い気持ちで投稿してしまい,多くの誹謗中傷を浴びてトラウマとなってしまうこともある.多くのインターネット上の炎上と呼ばれる誹謗中傷群は一過性のものであるが,ときに執拗に攻撃してくる場合もある.
 こういった悪ふざけの延長線上にあるようなトラブルは集団の空気や承認欲求に突き動かされて投稿されているようである.顔色を伺いながら生きている場合や,属している集団で下位にされている場合,さらには除け者にされている場合などには自分では投稿したくなくてもそうせざるを得ない状況に陥っている可能性もある.
 このようなことは情報通信技術のせいで起こっているとはいいがたい.無論,プラットフォームの側から言論の自由をある程度束縛して投稿削除や投稿しないように促す措置をとればいいじゃないかという主張の存在を認めるが,もっと根源的な所から解決しないと意味がない.そのような措置をとったとしても別の隠語を使うようないたちごっこの状態になる可能性もあるためだ.従ってこの場合には情報倫理教育と同時に一般の倫理教育,ないし教科指導によって是正されるべきである.
 次に後者を考える.例えば「悪意ある Wi-Fi スポットを利用したことによる情報流出」がある.これは通信傍受をされてしまい,パスワードを始めとする個人情報を抜き取られてしまうことである.WiFi のセキュリティが弱い場合や,SSL 通信などによって暗号化されていない通信を行っている場合には傍受される危険性がある.またスマートフォンにインストールして使うキーボード入力アプリで,入力されるデータを読み取る
形で個人情報を抜き取るものもある.こういった類の事例は情報通信技術が無い時代には起こらなかった事例であるので,情報倫理教育でも特に通信技術に関する教育を行うべきである.しかしこういった教育は学校に限らずメディアによっても行われている現状がある.例えば NTTBP ではウェブコラム [10] などを用いて啓発活動を行っている.

 以上を鑑みると,インターネット上が舞台となる事件は二つに分けることが出来そうである.一つ目は広範な倫理感の不足,二つ目は技術面の知識不足である.子供自身の倫理感が不足しているために起こる事件は学校教育によって改められる.また技術面の知識不足によって起こる事件は学校の身ならず多彩なメディアの情報によって知識を与え,改められる.

大人とネット上の事件

 しかしそれでもインターネット上の事件は起こっている.次に大人が巻き込まれている事件を見ていく.

 例えば「SNS 等での誹謗中傷による慰謝料請求」は SNS での度が過ぎた書き込みが発端となっている.匿名性の仮面を被っている状態で目立つような発言をしたければ,多少誇張したものを書くのが常である.しかしそうでなくとも,発言の量が多くなってくると自分が理性で引いた許容範囲をじりじりと広げていき,元の範疇から大きく逸脱したものとなってしまうこともある.[11]

 2021 年 4 月頃に起こったテレビドラマ「テラスハウス」に出演していた木村花さんが誹謗中傷を受けて自殺した事件では,ある男性が誹謗中傷のために逮捕されている.彼が言うには,皆がやっているからいいと思ったから行ったとあり,前者である広範な倫理感の不足に該当している.

 殊更にインターネットの炎上となると大人が躍起になっているケースもある.2013 年滋賀県大津市でいじめが原因で自殺した少年の事件が起こった.この事件の裏で,犯人捜しが巨大インターネット掲示板2ちゃんねる (現5ちゃんねる) で横行していた.

 このようなことは情報通信技術のせいで起こっている側面もある.発信する当事者の倫理観のせいにのみしてしまえば,簡単に情報通信技術のせいではないと結論付けることも出来る.しかしここで確認したいのが匿名性と集団心理の関連である.過去には雑誌の読者投稿欄で同様のことはできたであろうが,出版社の編集,校閲により健全に阻止されていた.誹謗中傷を自由に簡単に発信できるようになったのは明らかに情報通信技術の恩恵である.その一方で自由には責任が伴う.責任が伴うのだが,匿名性は責任の所在を隠す.同種の発言がある場合には特に,発言の責任を意識して負うのは難しい.これを実感するには裁判沙汰や SNS などではアカウント停止処分を受けるなどの痛みを感じる必要がある.それでは遅い.従って大人自身が情報通信技術との付き合い方について倫理的な側面も含めて考える必要がある.

大人の情報倫理教育

 前段では大人にも情報倫理上の問題があることを確認した.大人の問題を考える上で厄介なことが,教育機会が均等でないことである.子供には情報倫理教育,また広範な倫理教育のいずれにおいても学校やメディアの支援によって教育を享受することができた.しかし大人の場合は特に広範な倫理教育を享受することは難しい.その結果痛みを感じなければ当該行為を止めることに至らず,また至ったとしても第三者からの責任追及からは逃れられない.

 また昨今,先のバイトテロ [1] のような件を受けて若者を槍玉に挙げて倫理観の欠如が叫ばれる.私は若者に限らない倫理観の欠如している人の問題だと考えている.例えば,被災地の混乱に乗じて必要以上の支援物資の取り分を得ようとする行為は倫理観の欠如の表れだと考えられる.この行為自体は 4 章で分類したうちの広範な倫理感の欠如だとみなせる.その行為が報道されるのが若者の事例であったとしても,行為者の性質として若者でなければ考えにくいものでないならば,それは若者を槍玉に挙げる論拠に乏しい.さてそのような行為があったとして,取り上げられるのはメディアであって教育コンテンツではない.一方で企業が教育の一端を担うことがある.社内業務に携わる上で著作権特許権などの正確な理解は重要であり,これにより 4 章で触れた技術面の知識不足を補うことができる.しかしそのような教育だけでは他方の広範な倫理感の欠如に起因する問題を解決することができない.

 更なる問題として考えの柔軟性が年を重ねるとともに”凝り固まる”問題もある.新たな技術が発明されてもそれを広く使ってもらうのは難しいことがある.これは安住している考えを再構築して新しくすることに大変な労力が必要であることと関係がある.

現代人に求められること

 論じてきた通り,現代人,特に社会人には広範な倫理教育を受ける機会が非常に限られていることが分かった.メディアの報道の仕方にもセンセーショナルに取り上げる割に肝心の改善点の部分には少ししか触れない問題があることは認める.しかしそういった報道でさえ存在しなければ社会人はほぼ倫理教育を受けることができない.従って我々は努めてメディアから倫理上のトラブル事例を受け取り,自分なりに解釈して自分を律する必要がある.
 そこで肝になることは生涯学習である.子供はインターネット上の事件について時間を設けて考察をし深める時間を設けられている.その一方で,大人はメディアから情報を受け取っても聞き流してしまったり無批判に受け入れたりしてしまう.生涯学習の観点ではこのようなことはもったいない.常にメディアの情報の正当性を考えながら,子供がしているように各事件について考えを深め,自身の倫理に取り入れる必要がある.  

 すなわち,メディアで提供されるのは舞台演劇で視聴者はそれを傍から見る状況ではなく,むしろ視聴者側がその舞台に飛び込んで,自分で考えを練り,自分を再生産することでインターネット上の事件を回避することができる.

結び

 倫理観の欠如が叫ばれる舞台には,それを叫ぶ人は立っていないと私は思う.倫理観の是正は,特に大人には教育資源が乏しい現状があるため非常に難しい.加えて倫理観は自分を律する自分の価値観であるので,他人と共有することを前提に設計されていない概念である.この時肝心なことは諺にもあるように「人の振り見て我が振り直せ」である.絶えず技術革新が起こっていることを鑑みても,生涯の内に自分の考えが完成するような人間はいない.むしろ生涯を通じて様々なことを学習していく中で,更なる自分に再生産されていく.

 絶え間ない再生産は苦労が多く,止めたくなることもあると思う.しかしこれはすなわち安住を意味し,考えが”凝り固まる”ことにつながる.映像作品に「劇場版少女☆歌劇レヴュースタァライト」[12] がある.この中の主人公は念願かなって劇中劇を演じ切り,目標を見失ってしまった.作品を通じて絶えず「電車は必ず次の駅へ,では舞台は?舞台少女は?」と問われ続ける.これは舞台人に生きるためには次なる舞台を目指さなければならないお告げである.従って我々も人間でありたいなら考えることを生涯止めず,常に価値観を改めていく必要がある.

 

参考文献


[1] 承認欲求は「最強」の欲求...では、バイトテロはなぜ起こるのか?|ニューズウィーク日本版オフィシャルサイト. https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/02/post-11770.php. (Accessed on 01/05/2022).
[2] 文部科学省. 小学校学習指導要領解説道徳編. 2008 年, p. 48, 2008.
[3] フィードバック制御入門. システム制御工学シリーズ. コロナ社, 1999.
[4] 民法がわかる民法総則. 弘文堂, 2018.
[5] 広辞苑. 岩波書店, 2009.
[6] 第 5 章 情報モラル教育:文部科学省. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/056/shiryo/attach/1249674.htm. (Accessed on 01/09/2022).
[7] 令 和 2 年 度 指 導 の 手 引 き. https://www.mext.go.jp/content/20210406-mxt_jogai01-100003206_001.pdf. (Accessed on 01/12/2022).
[8] 逗葉高等学校 校則 - 校則 db. https://kosoku.info/rule/9TS8gcLy2Ug7wm1W3doJ. (Accessed on 01/13/2022).
[9] 総務省 総合通信基盤局消費者行政第一課. インターネット トラブル事例集.pdf. https://www.soumu.go.jp/main_content/000707803.pdf. (Accessed on 01/14/2022).
[10] フリー wi-fi って危険じゃないの?安全に使うには — wi-fi コラム powered by nttbp. https://www.ntt-bp.net/column/blog/2020/11/wi-fiwi-fi-3.html. (Accessed on 01/21/2022).
[11] ネット私刑(リンチ). ネット私刑(リンチ). 株式会社扶桑社, 2015.
[12] 劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト. https://cinema.revuestarlight.com/. (Accessed on 01/21/2022).